東京地方裁判所 平成8年(ワ)12819号 判決 1997年9月18日
原告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
鈴木隆
被告
株式会社蒲田ハウジング
右代表者代表取締役
森岡正美
右訴訟代理人弁護士
菊地一郎
同
宮前悟
同
山本純一
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年三月二一日から、支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
一 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、被告との間で不動産の売買契約を締結し、手付金として一〇〇〇万円を交付した原告が、被告に対し、売買契約のローン特約(買主が金融機関からの借入金を代金に充当する予定でいた場合において、買主の責に帰すべからざる事由により融資が否認されても、買主は所定の期間内であれば、売買契約を解除し、売主に交付済みの金員の返還を請求できる旨の特約)に基づき、売買契約を解除したとして、右手付金一〇〇〇万円及び解除の日の翌日である平成七年三月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、原告は買主たる自己の責に帰すべき事由により、金融機関から融資を受けられなかったのであるから、ローン特約による解除はできないとして争っている事案である。
一 争いのない事実等(証拠を明示した以外の部分は争いのない事実)
1 原告は、国家公務員(国立ガンセンター主任研究官)であり、被告は、住所地記載の店舗で不動産業を営む会社である。
2 原告は、被告に対し、住宅用の土地建物を購入するため、不動産業者である訴外株式会社アップタウン(以下、アップタウンという)にその仲介を依頼した。
3 原告は、平成七年一月二八日、アップタウンの仲介により、被告との間で、左記内容で別紙物件目録記載の土地建物(以下、本件不動産という)を買い受ける旨の売買契約を締結し、手付金として一〇〇〇万円を支払った(以下、本件売買契約という)。
記
(1) 代金 一億二〇〇〇万円
(2) 代金支払日 同七年四月一〇日
(3) 引渡日 同七年四月一〇日
(4) 融資利用の特約(買主及び仲介人指定の金融機関を融資申込先とする左記の特約であり、その期限は同七年二月一七日とされた。以下、本件ローン特約という)
記
① 買主は売買代金の一部に契約書表記の融資金を利用する場合、本件売買契約締結後、速やかにその融資の申込手続をしなければならない。
② 右融資が買主の責めに帰すべからざる事由により否認された場合、買主は表記期日内であれば、本件売買契約を解除することができる。
③ 右により、本件売買契約が解除された場合、売主は買主に受領済みの金員を無利息で速やかに返還しなければならない。
4 原告と被告は、同七年二月二七日、左記の合意書を交わした(以下、本件合意書という)。
記
(1) ローン条項特約期限の約定を同七年二月一七日から、同年三月二三日に変更する。
(2) 原告は次のとおり住宅ローンの申込をする。
① 融資申込先 株式会社富士銀行(以下、富士銀行という)及び同三菱銀行(現在の株式会社東京三菱銀行であり、以下、三菱銀行という)。
② 融資額 五〇〇〇万円
③ 融資金利 変動金利(現行四パーセント、但し、融資申込先の規定による)
④ 償還年数 融資申込先の規定による最長年数(年齢制限の最長)
5 原告は、同七年三月一八日、被告に対し、本件ローン特約を根拠に本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、交付した手付金一〇〇〇万円の返還を求めた(以下、本件意思表示という)ところ、被告は「真摯なローンの申込をせず、意図的に融資拒絶の結果を招来させた」等として、右返還を拒絶した(解除年月日については甲第一五号証の一)。
二 争点(本件ローン特約に基づき本件売買契約を解除することができるか)
1 原告の主張
(1) 原告は、本件合意に基づき、直ちに富士銀行数寄屋橋支店及び同銀行築地支店、三菱銀行銀座支店、三菱銀行ローンセンターに対し、五〇〇〇万円、年四パーセントの変動金利、償還年数一七年(右銀行の住宅ローンには「最終償還年齢は七〇歳以下(富士銀行)又は未満(三菱銀行)」との制限があり、当時、原告は五三歳であったため、七〇歳になるまでの一七年としたものである)の住宅ローンの申込をした。
しかし、右申込は、いずれも同七年三月一七日までに各銀行から拒絶された。その拒絶理由は、各銀行の定める年収金額に対する毎年の償還金額の割合の制限(三菱銀行は三五パーセント、富士銀行は四〇パーセント)を超過することであった。
(2) 原告が三菱銀行で確認したところによると、住宅ローンには「最終返済時は七〇歳未満」との制限があり、住宅ローンのパンフレットにも明記されていた。融資期間三〇年のローンも存在するが、これは種々の使途を目的としたものであり、かつ、最終返済時が七〇歳以上の場合には、保証会社の信用保証がつけられないため、信用のある連帯保証人がいなければ融資の実現は不可能であった。また、右三〇年のローン基準により、完済年齢七五歳の仮の計算を三菱銀行ローンセンターで行ったが、年間返済額の点のみでも規定を満たさないので、融資は不可能ということであった。原告は、富士銀行の数支店に電話で確認したが、大半は「住宅ローンは、最終返済時の年齢が満七〇歳以下でなければならない。それ以上の年齢を最終返済年齢とする住宅ローン商品はない」と回答し、一部の支店担当者は「例外的な特例として、七〇歳を越える場合もある。しかし、同年齢を超えると団体信用生命保険がつかないので極めて異例である」旨回答した。原告は、被告と合意したのは、あくまでも普通の住宅ローンの融資を受けることであり、それ以上の約束まではしていないから、原告として行うべき融資申込活動は十分に行った。また、原告には、団体信用生命保険に代わる連帯保証人になってくれる人はいないから、償還最終年齢が七〇歳を越えるローン(住宅ローン以外のローン)や特例措置の適用による住宅ローンを受けることは不可能である。
(3) よって、原告は、本件ローン特約に基づき、本件売買契約を解除できるから、被告は手付金一〇〇〇万円の返還を免れない。
2 被告の主張
(1) 本件は、ローン解約期限の延期につき当事者間で本件合意が成立したのに、原告が本件売買契約履行の意思を喪失し、被告に対し、解除の申出をしようとしたが、一般の契約解除の場合には手付金の返還を受けられなくなることから、隅々、ローン解約期限を一か月間延期したのを奇貨として融資の申込を拒絶されたと称して本件ローン特約に基づく解除を主張し、手付金の返還を求めているにすぎない。
(2) 原告は、仲介人と共同して金融機関に融資の申込をし、融資の申込が正確になされたかどうかを仲介人にチェックさせて、初めて本件ローン特約に基づく本件売買契約の解除が許されるのである。本件売買契約書に「……前項の融資が買主の責に帰すべからざる事由により否認された場合、買主は表記期間内であれば本件売買契約を解除することができる」と記載されているのはその趣旨である。しかるに、原告は、仲介人であるアップタウンを一切関与させることはなかった(当時、都市銀行の住宅ローンにおいては、原告の年齢に照らしても償還年数を二二年間とする融資が可能であった。あさひ銀行の住宅ローンのパンフレットには、最終返済時の年齢が七五歳未満までとする融資が可能である旨明記されていた。原告の場合、当時、五〇〇〇万円について満七五歳までの二二年ローンを富士銀行及び三菱銀行で組むと、いずれも毎年の返済額の年収に対する比率は約35.6パーセントに達していたが、その程度で融資が拒絶されることはなかった。アップタウンは、右事実を指摘し、二二年を償還年数とする融資申込をするように要請していたが、原告は当該申込をしていない)。
(3) 被告は、本件売買契約の残代金支払期限である同七年四月一〇日が経過したことから、同七年四月一四日原告到達の書面で原告の残代金の不払を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、本件手付金を没収することにしたのであり、原告主張の返還義務はない。
第三 判断
一 事実経過等(前提事実、甲第一ないし第五号証、第六、第九、第一五号証の各一、二、第七、第八号証、第一〇ないし第一四号証、第一六ないし第二五号証、乙第一ないし第三号証、第四、第八、第一〇、第一一号証の各一、二、第五ないし第七号証、第九、第一二号証、証人舘野浩、原告、被告代表者の各供述、弁論の全趣旨)
1 本件契約締結までの経過
原告は、国立ガンセンターの研究官として稼働してきた者であり、長年、官舎住まいをしながら、一戸建て住宅を購入する希望を抱いていた。原告は、昭和五七年頃、妻の母親を引き取ることになったことから、川崎市の「新百合が丘」周辺の物件を探したが資金的に困難であったため、無理して通勤する覚悟で「つくば研究学園都市」内の土地を購入した。しかし、子供が中高一貫教育の学校に入学したこともあり、原告は、転居を断念し、以後も官舎生活をしながら、小田急線や田園都市線の沿線の物件を探したが、適当な場所が見つからなかった。その後、バブル経済による地価の高騰のため、購入は到底不可能となり、一戸建て住宅を諦めていたところ、バブル経済が崩壊し地価が急落したことから、再度、購入の夢を膨らませた。そこで、原告ら夫婦は、小田急線、新玉川線の浴線の住所地に近い場所であり、街並み、住環境、陽当たり、地形、値段、広さ、間取り、建物の状況等を考慮しながら、物件探しをすることになった。原告の妻は、一〇〇か所以上の物件を見て回り、その中で妻が気に入った物件については原告も見に出かけていた。かような状況の中で、原告ら夫婦は、平成七年初めころ、場所的にも現在の自宅にも近い本件不動産を知り、早速、購入意思を固めた。
2 媒介契約の締結
原告は、平成七年(以下、年度は格別の記載がない限り、平成七年の意味である)一月二二日、仲介業者アップタウンと一般媒介契約を締結した。そこで、原告は、本件売買代金の資金調達計画についてアップタウンの担当者舘野浩(以下、舘野という)に対し、①住宅ローン五五〇〇万円、②共済融資一五〇〇万円、③自己資金二七〇〇万円、④前記つくばの土地の売却金三〇〇〇万円(売却できるまでは一時借入をする)である旨を説明したが、舘野から格別問題点を指摘されることもなかった。
3 本件売買契約の成立
原告は、舘野を通じて被告との売買交渉を行い、同月二八日、代金一億二〇〇〇万円(消費税込み)で本件不動産を購入する旨の本件売買契約を締結し、手付金として一〇〇〇万円を支払った。本件売買契約には、いわゆる「ローン条項」(本件ローン特約)があり、買主の責めに帰しない事由で住宅ローンを組めない場合には本件売買契約を解除することができ、その期限は二月一七日までとされた。なお、本件売買契約の際、住宅ローンの申込先については買主である原告の希望する金融機関でよいことになっていた。
4 城南信用金庫に対する申込
原告は、二月三日、金利が他の金融機関よりも低いと世上評判のあった城南信用金庫瀬田支店(以下、城南信金という)に対し、本件不動産購入のための前記資金計画を説明し、五五〇〇万円の融資を依頼した。城南信金の担当者は、五五〇〇万円の融資は原告の資力、年齢、その他の共済組合からの借入予定等を考慮すると無理ではないかとの見解を示した。しかし、原告は、五五〇〇万円の融資をあくまでも要望し、住民票、売買契約書、重要事項説明書、健康保険証の各写し、登記簿謄本等とともに五五〇〇万円の住宅ローン申込書を提出した。その際、原告は、本件ローン特約の存在を説明し、ローン審査を急いでほしい旨を申し入れたが、右担当者は更に必要書類(納税証明書、手付金領収書、各預貯金の証書、保有株券の写し等)の提出を要求した上、三週間程度の審査期間は必要であり、二月一七日までにローン審査の結果が出ることは困難である旨を述べた。
5 本件ローン特約の延長
(1) 原告は、二月五日、舘野に対し、城南信金に住宅ローン五五〇〇万円の申込をしたこと、ローン審査は二月一七日以降になる可能性が高いこと、是非とも本件不動産を購入したいこと等を説明し、被告に対し、本件ローン特約の期限延長を申し入れてほしい旨を述べた。
他方、原告は、前記のとおり五五〇〇万円の融資は困難である旨の窓口回答を受けていたことに配慮し、同月八日、城南信金に対し、住宅ローン希望額を五〇〇〇万円に減額した申込書を追加書類を添付して改めて提出した(甲第四号証)。これに対し、担当者は、五〇〇〇万円であればローン審査をパスするであろうとの見解を示した。原告は、住宅ローンが五〇〇〇万円に減額になる以上、売却予定の「つくばの土地」の売却代金から三五〇〇万円を捻出すればよいと考えた。
(2) 原告は、本件ローン特約期限の前日である二月一六日に至っても、城南信金からローン審査の結果通知がなかったため、同日、被告に対し、城南信金のローンの審査が間に合わないが、是非、本件不動産を購入したいとして、本件ローン特約の期限延長を求めた。
(3) これに対し、被告は、最終的に融資が得られるであろうという見込みの下、原告に対し、①本件ローン特約に基づき本件売買契約を解除する、②同ローン特約は切れるが、城南信金の審査結果まで待つ、③同ローン特約が切れ、城南信金が駄目な場合には銀行に改めて申し込む、という三方法を提案するとともに、原告の借入希望額、年収、年齢、仕事等を総合すると、三菱銀行ローンセンターからの借入は可能なので、被告が同ローンセンターの所長に相談してもよい旨を説明した。
(4) 右経過を辿り、原告は、二月二七日、被告と協議した。被告は、変動金利を前提とするローンを勧めたが、原告は、五〇〇〇万円を変動金利で借り入れた場合には金利上昇による経済的負担が大きくなるとの不安を強く抱いていた。しかし、原告は、本件不動産を取得するには、本件ローン特約の期限の延長を認めてもらうほかないと判断し、右申入れを承諾し、被告との間で本件合意(特約期限を三月二三日に変更すること、住宅ローンの申込先を富士銀行及び三菱銀行にすること、五〇〇〇万円を変動金利で借り入れること、償還年数を融資申込先の規定による最長年数とすること等)をした。
本件合意中には「融資申込先の規定による最長年数(年齢制限の最長)」と記載されているが、具体的な年齢の問題は特に出ていなかった。また、原告は、その頃、アップタウンから、銀行に住宅ローンの申込を行うに際しては共済組合から借り入れる予定を伏せた方がよい旨の助言を受けた。
6 銀行に対する申込
右経過を辿り、原告は、舘野の助言どおり、共済組合からの借入予定を殊更説明せず、以下のとおり、各金融機関にローンの申込を行った。
(1) 二月二八日、三菱銀行銀座支店に対し、登記簿謄本、源泉徴収票等を添付して五〇〇〇万円の住宅ローンを申し込んだ(甲第六号証の一)。しかし、同支店の担当者は、同銀行の住宅ローンの基準では完済時の年齢が満七〇歳と規定されており(甲第九号証の一、二)、原告の年収が九六〇万円であるから、融資可能限度額は四一三〇万円である(甲第六号証の二)等とし、右申込を断った。
(2) 原告は、同日、直ちに三菱銀行新橋支店に赴いて、右同様の申込をした。しかし、同銀行の担当者も、年収に対する年間返済額の比率が三五パーセント以下との融資基準があり、原告に対する五〇〇〇万円の融資は不可能であるとしてこれまた拒絶した。
(3) 二月二九日、富士銀行数寄屋橋支店に赴いて、前同様五〇〇〇万円の住宅ローンの申込をした(甲第七号証)。しかし、富士銀行にも住宅ローンの完済時の年齢が七〇歳との規定があり、年収額に対する年間返済額の上限は四〇パーセントと定められていた。そこで、同銀行の担当者は、原告の年収が九六〇万円であり、五〇〇〇万円を融資すると、年収に対する年間返済額の割合が四三パーセントになるとしてこれを断った(甲第一一号証)。
(4) 原告は、三月二日、富士銀行築地支店に赴き、五〇〇〇万円の住宅ローンの申込を行った。同支店の担当者は、返済額を窓口で計算する等して住宅ローンの可否について検討せず、申込書、保証依頼書を受理したことから、原告も期待して待つことにした。
7 その後の状況
(1) 原告は、三月上旬、舘野に対し、前記のとおり三菱銀行の各支店や富士銀行数寄屋橋支店に住宅ローンを申し込んで断られたが、城南信金と富士銀行築地支店についてはローン審査の結果通知を待っているところである旨を報告した。
(2) 右状況の中で、原告は、城南信用金庫から、三月一三日、原告所有のつくばの物件の売却日と売却額が不明であるとして「住宅ローンの融資はできない」との回答を受けた(原告は五五〇〇万円程度で売却できることを希望していたが、城南信金では坪四十万円台であり、総額三〇〇〇万円程度に考えていた)。
そこで、原告は、同日、城南信用金庫から返還を受けた住宅ローン申込書の添付書類(住民票のコピー、売買契約書、重要事項説明書、健康保険証の写し、公図、登記簿謄本)と、前記三菱銀行銀座支店から返還を受けた住宅ローン申込書を利用し、三菱銀行渋谷ローンセンターに対し、満七〇歳までの五〇〇〇万円の住宅ローンと満七五歳までの「大型ローン」による融資の可否も検討してもらった。しかし、ローンセンターは、原告の完済時の年齢を七五歳にして年間返済額を軽減しても、融資基準である年収に対する年間返済額の割合は三五パーセントを超えている等として融資を拒絶した。実際にも、右大型ローンは保証人が不可欠なものであったが、原告には右金額・期間を前提として保証してくれる第三者は存在しなかったことから、そもそも実現不可能な借入条件であった。
(3) 翌一四日、アップタウンは、原告に対し、富士銀行及び三菱銀行にも七五歳完済のローンはある旨を通知した(乙第八号証の二)。しかし、原告は、前記経過から七五歳完済型の融資を受けることは到底困難であると判断した。また、原告側は、その頃、変動金利を前提とする富士銀行の住宅ローンについて、同銀行阿佐ヶ谷支店他七支店に電話で確認したところ、七〇歳までが限度である旨の回答を五支店から、七五歳までの大型ローンもあるが、七一歳からは団体生命保険の適用がないので審査が通ることは異例である旨の回答を二支店から受けたため、富士銀行ローンセンターに対するローンの申込も無意味であると考え、申込手続さえとらなかった。
(4) 三月一八日、富士銀行築地支店からも住宅ローンの融資基準に照らして融資は困難であるとの回答を受けた。
8 本件ローン特約による解約
右経過を辿り、原告は、本件ローン特約により本件売買契約を解除することを決意し、三月一八日、電話で被告にその旨の本件意思表示を行い、同月一九日、念のため、原告が融資申込を行って来た前記の事実経過を記載した上、買主として本件合意書の義務は十二分に尽くしたが、資金の調達が困難である旨の書面を作成し、翌日、アップタウンの担当者舘野を介して被告に交付した(甲第一三、一四)。
しかし、被告側が本件ローン特約に基づく解約を無視したことから、原告は訴訟代理人弁護士を通じて四月八日被告到達の書面で一週間以内に手付金一〇〇〇万円の返還を要求したところ、被告は被告訴訟代理人を通じて原告が金融機関に対して真摯な融資申込をしておらず、意図的に融資拒絶の結果を招来させているから、原告の本件ローン特約に基づく契約解除は無効であること、被告が受領済みの手付金を違約金の一部として充当すること、違約金残金二〇〇万円を支払うべきこと等を反論してきた。そこで、原告は本件訴訟を提起するに至った。
なお、被告代表者の森岡正美は、「三菱ローンセンターの所長が二月一八日、一九日頃、被告本社に別件の物件の査定の相談に訪れた際、原告の住宅ローンの話をした。同所長は、融資は可能であろうと述べたことから、森岡はその旨を原告に説明したところ、同月二一日、原告は被告に対し、本件物件の購入を中止したい旨を述べた」旨供述する。しかし、同供述のとおり、ローンセンターの所長が原告に対する住宅ローンが可能である旨を明言したというのであれば、本件合意書に三菱銀行ローンセンターに対する申込をするよう明記するのが自然であるのにその記載はないこと、原告が本件物件の購入を中止したい旨述べたというのであれば、被告にとっても重要な問題であるから、その理由を克明に記憶しているはずであるが、被告代表者の森岡はその点に関する明確な記憶がない旨を供述しており、これまた不自然であることに照らすと、右供述部分は直ちに採用することはできない。
二 検討(争いのない事実等、事実経過を前提)
1 買主が住宅を購入する場合、現金で購入することは希であり、金融機関から融資を受けてこれを売買代金の一部に充当するのが通常であるから、買主が一定の期間内にローンを組むことができず、資金調達ができなかった場合にまで、売買契約の支払義務違反を理由に手付金等を没収する等の結果が生じることは、買主にとって極めて酷な事態となる。
右観点から、一定の期間内に買主が金融機関等から融資を受けて売買代金を調達する予定であったにもかかわらず、債務者である買主の責に帰しない事由により資金調達できなかった場合には、買主保護のために売買契約解除を認めるというのが本件ローン特約の趣旨である。
そこで、本件において、原告が金融機関との間で五〇〇〇万円の融資契約を締結できなかったことについて、原告に帰責事由があるかどうかが問題となる。
2 前記認定の事実、殊に、①一戸建て建物の購入は原告らの長年の希望であり、本件不動産が希望条件をほぼ満足していたことから、原告らは積極的に購入を決断したものであること、②原告は、本件不動産を取得したいという気持ちから、本件ローン特約の特約期限を延長してもらうため、住宅ローンを固定金利で組みたいという当初の希望を断念してまでも変動金利にする旨を承諾し、本件合意をしたものであること、③原告は、本件合意後、直ちに銀行の各支店等にローンの申込手続を積極的に行ったこと、④原告は、少なくとも城南信金と二銀行(六支店)に対し、住宅ローンの申込を行ったが、いずれも融資基準に満たないとして断られたこと、⑤原告は、アップタウンの助言に基づき、ローン審査が通りやすいようにするため、本件合意後、共済組合からの借入予定事実を殊更伏せる等して融資が受けられるよう努めていること(相当な行為かどうかは別問題)、⑥原告側は、各金融機関に対し、ローン審査が通らない理由を銀行の融資基準資料と根拠計算等に基づき、具体的に説明を受けた上、富士銀行の各支店にも融資条件について問い合わせる等、融資の可能性を積極的に探っていること、⑦満七五歳までの融資については、収入面、保証人、団体信用生命保険に加入することの可否等の面で原告は融資条件を満たさなかったこと等の事実に照らすと、原告が本件合意による本件ローン特約の延長期限である三月二三日までに五〇〇〇万円について融資を受けられなかったとしても、原告は買主として、本件不動産の購入資金の一部に充てる五〇〇〇万円の融資を受けるべく真摯な努力を尽くしており、買主の責めに帰すべき事由により融資が否認された場合には当たらないというべきである。
してみると、原告の被告に対する本件売買契約を解除する旨の本件意思表示は有効であると認めるのが相当である。
3 被告は、「(1)原告は、仲介人と共同して金融機関に融資の申込をし、融資の申込が正確になされたかどうかを仲介人にチェックさせて初めて本件ローン特約に基づく解除が許されるのに、仲介人であるアップタウンを一切関与させなかった。(2)当時、都市銀行の住宅ローンにおいては、原告の年齢に照らしても償還年数を二二年間とする融資が可能であったことから、アップタウンは原告に対し、右期間を償還年数とする融資申込をするよう要請していたが、原告は当該申込をしていない」旨主張する。
しかし、まず、(1)については、前記のとおり、本件売買契約の本件ローン特約には、「買主及び仲介人指定の金融機関を融資申込先とする」旨の合意がなされていたにすぎず、本件合意でも「融資申込先として富士銀行及び三菱銀行に原告が早急に融資申込手続をする」旨が合意されていたのみであり、アップタウンに融資申込手続を委任ないし代行させること、或いはアップタウンと共同して行うべき旨の合意までは成立していないことが明らかである。従って、原告が各銀行に対し、融資申込を単独で行ったとしても、本件売買契約ないし本件合意に反し、本件ローン特約による解除を制限すべき理由とはならない。仮に、被告主張のとおり、原告にはアップタウンと共同して金融機関に融資申込を行う必要があったとしても、前記認定のとおり、原告は複数の金融機関に対し、五〇〇〇万円の融資申込を行ったが、いずれも融資基準に満たないとして融資を断られたことが明らかであるから、アップタウンと共同して申込をしなかったことと融資を拒絶されたこととの間には相当因果関係を認めることは困難である。確かに、乙第六号証中によると、素人の買主が不動産業者の関与なく単独で金融機関に赴き、住宅ローンの申込をすることは希であり、通常、買主が不動産業者に金融機関の紹介を求め、買主本人と業者が一緒に金融機関に申込手続を行うことが多いことは認められる。しかし、当該合意をしていない限り、それは事実上の便宜にすぎないというべきであり、本件事実関係の下では原告が自ら金融機関と交渉したとしても何ら非難されるべき点はない。
他方、(2)については、原告は、三菱ローンセンターに対し融資申込を行ったが、完済時の年齢を七五歳にして年間返済額を軽減しても、融資基準である年収に対する年間返済額の割合は三五パーセントを超えている等として融資を拒絶されたのみならず、実際にも右大型ローンは保証人や七五歳まで団体信用生命保険に加入することが不可欠であったが、原告には保証してくれる第三者はもとより、右保険に七五歳まで加入することは不可能であったことから、到底融資を受けることは困難であったことが明らかである。もっとも、乙第六号証中には「買主本人のみで金融機関の窓口に赴き、住宅ローンの申込をする場合には、最終償還期限は七〇歳とする取扱がなされているが、不動産業者が付き添って住宅ローンセンターに赴く場合には七五歳までとする取扱がなされる」旨の記載があり、また、乙第九号証によると、あさひ銀行の「固定金利特約付住宅ローン」は、満七五歳までの五〇〇〇万円の住宅ローンを認めていることが認められる。しかし、前者についてはこれを裏付ける客観的証拠がなく、直ちに信用できないし(右運用がなされているとすれば極めて不公正・危険な運用である)、仮に右運用が事実上なされているとしても、原告がアップタウンないし被告と共同して融資申込すべき義務等がないことは前記のとおりである。しかも、七五歳までのローンを承認するかどうか、年収と返済額の比率をどの程度に設定するかは、借主である消費者の財産状況、健康状態、年収、保証人の有無、担保権の有無等により、個別具体的に決定される事項であるところ、本件においてアップタウンないし被告が原告と共同してローンの申込をすれば、七五歳までのローンが何ら支障なく承認されたことを認めるに足りる客観的な裏付資料もない(同一銀行の「支店」と「ローンセンター」の融資基準は、格別の事情がない限り、同一であり、かつ、運用も異ならないというのが銀行実務の通常の事態である)。更に、あさひ銀行の前記ローンは、本件合意書で融資申込先として限定された三菱銀行、富士銀行以外の銀行の例であるのみならず、その場合も税込年収に占める年間元利金返済額(他の借財の返済額を含む)の割合が四〇パーセント以内であって、七五歳まで団体信用生命保険に加入できること等を要件としているのであり(乙第九号証)、原告が共済組合からの借入予定額であった一五〇〇万円を考慮外においても、前記のとおり、原告は年間の返済額が年収に占める割合が四〇パーセントを超過し、かつ、七〇歳を超えた時点で団体信用生命保険に加入することはできないのであるから、右融資条件を満たさないことが明らかである。
4 以上の次第であるから、原告が本件売買契約を本件ローン特約によって解除したことには理由がある。
第四 結論
よって、原告が被告に対し、本件売買契約の解除に基づき、手付金一〇〇〇万円及び本件売買契約の解除の後である平成七年三月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官市村弘)
別紙物件目録<省略>